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【畳隊 コラム】 畳隊休憩室!

畳隊休憩室:寝具について

28 寝具の歴史

 人生の3分の1を過ごしている寝具、ふとん。睡眠は生きていく上で最も必要なもののひとつですが、私たちが普段当たり前のように使っているこの「ふとん」、実は意外と歴史の浅いものだということはご存じでしょうか。古代にまでさかのぼると、「敷き布団」は、カヤやワラなどを編んで作っただけの、ただの「むしろ」でした。平安の頃になると、「むしろ」を何枚か重ねた「畳」と呼ばれるものの上に寝るようになり、ごく一部の貴族階級になると、さらに「しとね」という絹や毛皮で作られた敷き布を敷いて寝ていたそうです。

 「掛け布団」は、布を一幅ずつ縫いつなげたもので「ふすま」と呼ばれていました。平安から鎌倉になると「かいまき」と言われる襟や袖の付いた寝具が登場しますが、これらを使うことが出来たのは上流貴族の一部だけで、庶民は昼間着ていた衣服を掛けて寝ていたそうです。畳も上流階級の象徴の時期がありましたね。このように一部の上流階級だけのものだった「寝具」は、木綿の登場で一気に普及していきます。戦国期に輸入された木綿は江戸時代になると西日本を中心に生産され、詰め物の綿として使われたり、外側の布地として使われるたりし、「むしろ」は現代の「ふとん」に近い形のものになり、衿や袖付きの綿入れは「夜着」と呼ばれるようになりました。

 幕末になると「夜着」は、衿や袖がなく四周を縁取った長方形のものが作られるようになり、これがそのまま現在の「掛け布団」の原形になっているそうです。しかし明治に入ってもこうした寝具を使えた庶民はまだまだごく一部で、貧しい農村や漁村では綿を詰める替わりにワラやもみ殻、海草を、山村では樹皮などを使用した寝具を利用していました。昭和に入っても国民が貧しかった戦前や戦後の時代を思えば、誰もが暖かい布団で寝られる現代日本はまさに夢のようなことなのかもしれません。関西のある地方には、布団が使われている「ふとん太鼓」と呼ばれる御神輿や、布団を掛けられている寝仏様がいるお寺もあります。庶民にはなかなか手に入らなかった暖かい布団を、神仏と深く結びつけて憧れ崇拝していたのでしょうか。「今日もいい一日だった」と気持ちよく布団に入れるよう、毎日を過ごしたいものです。

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